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#70



久しぶりに嗅いだ匂いは、母そのものだった。抱きしめてくれる手には温もりもあり、母が生き返ったのかと思うほど。いや、もしかしたら自分は死んだのではないかとも思った。しかし、クラエスに会えた嬉しさの方が勝って、リリィはただずっと、クラエスの胸で泣き続けた。

「そんなに泣いたら、可愛い目が腫れてしまいますよ?」
「だって・・・!お母様が・・・っ!会いたかった。ずっとずっと、会いたかった!」

クラエスが死んで長い時間が経っていた。その間にもいろんなことがあり、世界は大きく変わった。
リリィはしゃくりを上げながらクラエスに尋ねる。

「お母様、私は死んだの・・・?」

クラエスはにっこり笑いながらも首を振った。

リリィ、ここはね、私が生前に妖精の力で作った世界よ。私の記憶が収められた、私だけのキオクの世界。そして私は、生前の私が未来のあなたに残した、一種のメッセージ。私は今、未来のあなたを見ながらしゃべってるの。つまり、あなたから見れば、私は過去の私よ。」
「お母様のキオクの世界・・・。過去の・・・お母様・・・?」

死ぬ前のクラエスが、今ここにいる。その母は、未来のリリィを瞳に映していた。

「私はどうしても、未来のリリィに頼みたいことがあって、こうやってメッセージを残したの。私が妖精の力を使えることはもう知っているわね?」
「おばあ様に聞いたわ。お母様は、妖精の力を使い続けたことが原因で亡くなったことも・・・。つい最近まで知らなかった・・・。」

リリィは瞳を伏せる。母の死の真相は、エリア7を守護する2人・・・モルガンとユーサーによって隠されていた。

「私は今、妖精の力で未来を見てるの。それは単純な理由だった。死ぬ前に、あなたの成長した姿が見たかった。あなたが生きてる未来が見たかった。シャルルの治めるブリタニアの未来が見てみたかった・・・。ただそれだけだったのに・・・未来は戦争ばかりで、私の愛したシャルルは・・・変わってしまっていた。私の死が、あの人を変えてしまった・・・。」

そこでクラエスが言葉を切り、悲しそうな顔をする。確かにシャルルは、クラエスの葬儀のあとから変わってしまった。リリィがエリア7へ行っても、会いに来てくれたことは1度もなかったし、電話にも出てくれなかった。しばらくすると、噂でシャルルが何かを必死に探してるようだ・・・と聞くようになった。

リリィ、シャルルは今、とてもいけないことを考えてる。彼が罪を犯し続け、やがて禁断の領域へ足を踏み入れる前に彼を止めて欲しいの。」
「禁断の・・・領域?お父様が・・・?」
「ええ。残念だけど、あなたには詳しい未来を教えてあげることはできない。生きてる人間は、未来を知らないほうがいいわ。だけど、これだけは言わせて。ギアスに関係していることよ。」

伏せられたクラエスの瞳が持ち上がり、スッとリリィを見た。自分の父親が、禁断の領域に足を踏み入れようとしてるなんて全く気づかなかった。でも・・・・・・。

「私はもう、現実に帰りたくないわ、お母様。私は酷いことをしてしまったの。エリア11で、ルル様とナナリーは死んだと思ってた。殺されたんだって思って、私は日本を滅ぼして、いろんな人を殺して・・・。でも実際は、ルル様もナナリーも生きてたの!私はただ、あの戦いでたくさんの人の命を奪った上に、日本という国まで潰してしまった!私のただの、個人的な感情だけで!!お母様、私ずっとここにいたい。それがダメなら、いっそのこと、お母様のところへ連れて行ってよ!」

止まっていた涙が再び、またボロボロとこぼれ出す。リリィの言葉を黙って聞いていたクラエスだったが、ふっ・・・と笑顔を見せた。

「・・・知っていましたよ。あなたの未来を見たから。あなたが苦しみ続けていることも知っています。・・・辛かったね。でもリリィ、あなたはたくさんの人の未来や希望を奪ってしまった。成し遂げることができなかった思いも。それが今、あなたの背中にある。あなたは今、死んでいった日本人の思いを背負っているのです。その思いを、平和な世界へ送り届けることが罪滅ぼしであり、あなたの役目なのではないかしら?
ライもリリーナも、ロロもおじい様やおばあ様、ルルーシュ様、ナナリー様、スザク君、そして私も、みんなが平和で優しい世界を望んでる。その世界を作るために、どうしてもシャルルを止めて欲しいの。あなたは私のただ1つの希望。どうかリリィ、あなたがシャルルの苦しみを理解してあげて・・・。」

クラエスはリリィの手を両手で包み込み、しゃがんで彼女の顔を覗きこむ。クラエスの目にも、うっすら涙が溜まっていた。
過去のクラエスは知っていた。娘が未来で苦しんでいること。クラエスの手の温かさが、リリィの心に沁み渡る。しばらく俯き、クラエスの言葉を考えてみた。
あの時の戦いで死んでいった、彼らの顔を思い出す。いつの日かカレンから聞いた、日本人の暮らし、文化、そして彼らの思い・・・。その全てを背負い、戦ってる男・ゼロ。ルルーシュ。
彼が日本人の希望であり、日本独立への思いを背負っているのなら、母の言うとおり、自分は死んでいった日本人の思いを背負い、平和な国に送り届ける。その全てをルルーシュにさせるわけにはいかない。彼の犯した罪の一部は、もともと自分が原因なのだから・・・。

「死んでいった人たちのあらゆる思いを、平和な世界に送り届ける・・・。私・・・やるわ、その役目。それが私の、せめてもの罪滅ぼしになるのなら・・・。」
「そうよ、リリィ。世界は人の思いでできてる。優しい心を持つ人が増えれば、きっと平和な世界が作れるわ。あなたならそういう世界が作れると、私は信じています。」

ふいにだんだんと、クラエスの姿がぼやけてくる。ぬくもりが遠ざかり、母の手の感触がなくなってきた。まるで空気を掴んでるよう。

「お、かあ、さま?」
「・・・もう、時間ね。過去の私の意識が消えかけてる・・・」

つまりそれは、クラエスの存在がこの世から消えかかってることを意味した。
ぼやけたクラエスの姿がなくなると、リリィの横を彼女の記憶たちが駆け抜けていく。シャルルとクラエスが過ごした記憶。クラエスがリリィを産んだ時の記憶。家族と過ごした記憶。クラエスの幼少時代の記憶。まるで、走馬灯のようだった。
そしてその記憶たちが全部駆け抜けていった最後に、クラエスの声が聞こえた。

「・・・リリィ、愛してるわ。いつまでも、ずっと・・・。」

その言葉が合図になったのか、輝く世界はなくなった。リリィは元の現実世界にいて、まもなく時が動き出す。風の音が聞こえ、カラスたちが空高くまで飛び立った。
鳥居をくぐった先にいるスザクとルルーシュが、2人で呆然とリリィを見ている。

(私はもう、弱くはないわ。たくさんの人たちの思いと共に、世界へ一歩、歩き出す・・・)

そう思いながら、まずは敵と味方・・・ルルーシュとスザクの2人へ向けて一歩踏み出した。


苦しみを恐れる者は、その恐怖だけですでに死んでいる。
(モンテーニュ)
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